「鳴る三味線」と「響く三味線」──音色と楽器思想について

本講義では、「鳴る三味線」と「響く三味線」の違いをテーマに、音色の質と楽器づくりの変化について整理しました。戦後以降、工場生産や人工素材の普及、マイク収録やPA環境の広がりによって、「とにかく大きく鳴けばよい」という方向性の三味線が増え、結果として、音が硬く単調で、余韻の少ない“鳴る楽器”が主流になっていきました。 一方、従来の三味線は、自然素材と職人の手仕事によって、複雑で深い余韻を生み出し、音が身体の内側にしみ込むように「響く」楽器として受け継がれてきました。鳴る三味線は、演奏者を疲れさせ、聴き手には「うるさい・痛い・届かない音」と感じられやすく、最大の問題は「自分自身にも共鳴しない音」である、という点が強調されます。 それに対して響く三味線は、日本的な美意識や素材の成熟、音の奥行きや温かさを備え、「生きた音色」として、奏者と聴衆を深いところで結びつけます。音色の価値は、技術や数値だけでは測れず、「その人にとって本当に意味のある音」であるとき、はじめて他者の心の奥にも届く──その核心が、具体的な事例を通して示されています。

共有した問い

内容の記録

Ⅰ.「鳴る」と「響く」の聞き分け

・A/B比較による「鳴る三味線」と「響く三味線」の聞き分けテスト

・「鳴る」=単に音が前に出る/「響く」=余韻と奥行きがあるという基本的な違いの提示

Ⅱ.「鳴る三味線」が生まれた背景

・もともとは「響く三味線」が基準だったこと

・戦後〜1970年代以降、工場生産・人工素材・PA機材の普及により「とにかく鳴ればよい」という発想が強まったこと

・ラジオ・テレビ・コンサートホールの登場に伴い、「マイクで拾いやすい音」が優先されたこと

Ⅲ.「鳴る三味線」の特徴と問題点

・硬く作り、皮を強く張り、音量と立ち上がりを優先した設計

・音域が狭く、残響が小さく、余韻がほとんどない単調な音色

・聴き手からは「うるさい・痛い・みな同じに聴こえる」と感じられやすいこと

・奏者自身も「疲れる・弾けば弾くほど苦しくなる」と感じやすく、日本的美意識が失われているという指摘

・メリットは「誰でも量産できる」ことであり、その結果として海外工場での大量生産が可能になったこと

Ⅳ.響く三味線と「生きている音色」

・自然素材を生かした手仕事、木材の成熟、奥行きと味わいを重んじる日本的美意識

・音域が広く、複雑で重厚でありながら、包み込むように優しく身体に浸透する音色

・一音だけで語りかけてくるような「生きている音色」としての三味線

・戦前の名工の作品と、近年の量産品との音色差を通じて見えてくる、素材と時間の厚み

Ⅴ.自分にとって意味のある音とは

・技術力の高い楽器が、その人にとって本当に「芸術としての三味線」になるとは限らないこと

・「技術力」と「その人にとって意味がある音色」が噛み合う瞬間に、本当に深く響く楽器となること

・自分の中心に深く響く音は、聴き手にも敏感に察知され、その深さに応じて他者の内奥にも痕跡を残すこと

※ここで扱う内容は、三味線に限らず、日本の伝統的な楽器や音づくり全般に通じる「音色と美意識」の問題への手がかりでもあります。 量産・消費を前提としたものづくりとは異なり、「自分にとって意味のある音」とは何かを問い直しながら、楽器との関係を考えていきます。

初公開:2021-08-28 / 最終更新:2026-01-08