問いの集約
痛みや怪我を防ぐ──「痛める人と痛めない人の違い」三味線の稽古で痛める箇所と原因/自分に合う道具/日本古来の動作/隠れた何か
三味線の稽古では、同じ時間稽古しても「痛める人」と「ほとんど痛めない人」がはっきり分かれることがあります。 原因は根性や慣れではなく、①痛めやすい部位の“構造的な理由”を知ること、②自分に合う道具を選ぶこと、 ③三味線に合う身体動作(日本古来の進退)を身につけること、そして④見えにくい要因(緊張・イップス様症状)への理解です。 本回では、手首・指先から腰背中、喉に至るまで、痛みの起点を「部分のテクニック」ではなく“全体性”として整理し、 長く快適に続けるための現実的な道筋を提示します。
この回で共有した問い
- ・なぜ同じ稽古でも、痛める教室/痛めない教室に分かれるのか。
- ・三味線の稽古で痛めやすい部位(手首・指・腰背中肩首・喉)は何が原因なのか。
- ・「自分に合う道具」とは何か(サイズ/全長/糸/皮/撥/音色)。
- ・日本古来の動作(外から内)とは何で、なぜ怪我を減らすのか。
- ・指の役割(親指=ブレーキ/小指=アクセル)は、痛みや呼吸とどう関係するのか。
- ・呼吸が浅い/止まると、なぜ痛みや故障が増えるのか。
- ・部分テクニックで直そうとすると、なぜ失敗しやすいのか(全体性)。
- ・緊張やイップス症状など「隠れた何か」は、根性論と何が違うのか。
内容概要
三味線の稽古で痛める人と痛めない人の違いを、①痛める箇所と原因、②自分に合う道具、③日本古来の動作、 ④隠れた要因、の四つで解説する。痛めやすい部位として、手首・小指・薬指と小指の筋・指先、さらに腰背中・腕肩・首・喉を挙げ、 手首や指は撥や左手の押さえ方の誤り、体幹や喉は姿勢・呼吸・基礎不足や長期の緊張が主因になりやすいと整理する。 道具面では、三味線の大きさと重量、全長(正寸/短棹)、糸の太さ、皮の硬さ、撥のサイズ、そして音色を取り上げ、 合わない道具は正しい構えや動作を妨げ、違和感の蓄積が痛みにつながると述べる。動作面では、三味線に適した「外から内」へ導く動作、 親指=ブレーキ/小指=アクセルという指の役割、そして小指と呼吸の連動を示し、呼吸が深まるほど進退が緩み痛みが減るとする。 また、部分テクニックで痛みを抑えると全体バランスが崩れる危険があり、稽古は心身全体を整える営みだと強調する。 最後に、緊張やイップス症状など原因が見えにくい“隠れた要因”を紹介し、否定や根性論で固めるのではなく、 理解・共有・安全な場・(必要なら)科学的知見の併用によって改善可能性があると結ぶ。
内容の記録
0.導入:痛める教室/痛めない教室の差はどこから来るのか
・ある教室では多くの生徒が肩腰などを痛めながら稽古している
・一方、ほとんど痛めない教室もある──何が違うのかを4項目で整理する
1.痛める箇所と原因(1):手首/小指/薬指と小指の筋/指先
・手首:撥の動作ができない(無理な打ち方)ことが原因になりやすい
・小指/薬指と小指の筋:正しい弾き(左手)・支え方の不足が関係する
・指先:押さえ方の誤りで皮膚を痛めることがある(爪に頼りすぎない等)
2.痛める箇所と原因(2):腰・背中・腕・肩・首/喉
・腰背中肩首:基礎不足、姿勢・呼吸の未習得、長期の緊張や無駄な力が原因になりやすい
・喉:基礎不足と合わない発声(無意識の西洋発声・競技的発声など)が原因となる場合がある
3.自分に合う道具:三味線の大きさ/全長/糸/皮/撥/音色
・合わない道具では正しい構え・動作ができず、違和感の継続が痛みの原因になる
4.三味線の大きさ・重量・サイズ
・種類により重量・太さが大きく異なる(細棹/中棹/太棹、同じ細棹でも太め・細めがある)
・微妙な差でも演奏のしやすさが変わるため、試奏して自分に合うものを探す
5.三味線の全長:正寸と短棹
・主流は正寸だが、人によっては長い/短い方が弾きやすいことがある
・体格・年齢・男女差に加え、体格が大きい人でも短棹を選ぶ例がある
6.糸の太さ
・ジャンルや流派で太さが異なる
・太い糸は音量が出やすい一方、手首への負担が増え痛めることがある
・初心者は細めから始める選択肢も有効(筋力・骨格・年数で調整)
7.皮の硬さ
・材質や張り方で硬さが大きく変わり、硬いほど手首負担が増える場合がある
・耐久性や音色だけでなく「負担」の観点からも検討する(特に初心者は注意)
8.撥(ばち)
・撥は大きさ・重さの差が大きく、慣れない動作のため負担が出やすい
・大きい撥(例:津軽系の大撥など)で手首を痛めるケースがあるため、慎重に選ぶ
9.音色:悩みの原因は「技術だけ」ではない
・良い音が出ないのを技術不足と決めつけ、無理な動作で痛めるケースがある
・実際は楽器固有の音色が合っていない場合もあり、試奏で切り分けが必要
10.日本古来の動作:三味線に合う身体動作がわからなくなっている
・明治以降〜戦後教育を起点に、西欧中心の音楽教育が主流となり伝統の身体技法が学ばれにくくなった
・痛めない教室の共通項は、日本古来の進退技術を踏まえて指導できていること
11.(1)外から内(引く動作)
・怪我をしにくい動作のキーワードは「外から内」
・内から外にしてしまうと無理が出やすい場合がある
12.(2)指の役割(親指/中指/薬指/小指)
・手首を痛める人は親指側に力を入れすぎる傾向がある
・親指=ブレーキ(止める役割)。撥動作で親指に力を入れる=動かしながら強く制動すること
・中指=バランス(骨を動きやすくする)。中指に少し力を入れると親指の力が抜けやすい
・小指=アクセル。日本古来の動作のキーポイントで、呼吸とも連動する
13.(3)呼吸の大切さ(小指と呼吸の連動)
・小指の動きは肘肩〜鎖骨へ連動し、鎖骨の動きが呼吸と関係する
・小指中心で打つ/戻す動作をすると、呼吸が自然に変化することを体感できる
・呼吸が深まり進退が緩むと、緊張や無駄な力が減り痛みが減る
・逆に、親指に力を入れて呼吸を止めると、無理な動作になり痛めやすい
14.心と身体全体を整える:テクニックを身につけることではない
・部分テクニックだけで直そうとすると、全体バランスを崩して失敗することがある
・痛みは全体の結果であり、全体にアプローチするのが伝統芸能の基本
・全体を見渡して調整できる人が師匠/先生である
15.隠れている何か:緊張・イップス様症状など
・明確な怪我ではないが演奏を妨げる症状があり、安易にスランプとして根性論で固めると悪化しうる
・緊張を否定せず必要な反応として理解し、共有し、呼吸などの対処を安全な場で学ぶことが有効
・動作ができなくなる/不安定になる症状は、近年はメカニズム解明が進み改善可能性がある
・土台は「合う道具」と「日本古来の動作」。その上に科学的知見を重ねると快適さが増す
考察
痛みは敵ではなく、身体が全体の歪みを知らせる“現実のフィードバック”である。部分的なテクニックで封じ込めるほど、 呼吸は浅くなり、身体は固まり、結果として稽古は身体から離れていく。三味線の稽古が示すのは、上達の技法というより、 道具と所作と呼吸の整合を取り直す「全体性」の回復だ。親指をブレーキに、小指をアクセルにするのは、身体を無理に制御する のではなく、自然な連動へ戻すための知恵である。さらに、緊張やイップス症状を否定しない姿勢は、心身を分離させず、 反応を理解して扱う成熟へつながる。稽古とは、身体の声を聴きながら、崩れない形で芸を続けるための誠実な設計である。
初公開:2022-06-03 / 最終更新:2026-02-04