問いの集約
演奏者の成長とは|本質的な上達、承認欲求を超えた世界
三味線や音楽を続けていくと、上達は「テクニックの増加」ではなく、演奏の主体が移り変わる現象として立ち上がります。 まず、閉じた演奏で変化が起きにくい段階があり、次に他者承認を基準に戦う段階が現れます。 しかし、その先には「自分に基準が戻り、中心から表現が生じ、最終的に作品が主体になって自分は媒体として通過する」段階があります。 そこでは演奏は予定調和を超え、観客との双方向の交流となり、結果さえ自分で確定しない領域へ入っていきます。 本稿は、可も不可もない段階/承認欲求の段階/成長や変化がある段階という三層構造を整理し、努力ではなく環境が鍵になる理由まで含めて言語化します。
講座紹介(概要)
本動画は「演奏者の成長」を、上達の速度や技術の多寡ではなく、主体(誰が演奏しているのか)が変化していくプロセスとして整理します。 段階は大きく三つです。(1)可も不可もない段階:閉じた演奏で変化が起きにくい。(2)承認欲求の段階:他者評価を基準にし、戦いや権威づけとして音楽を用いやすい。 (3)成長や変化がある段階:本当の欲求に戻り、心身一如の前提が整い、自分の中心から表現が立ち上がり、陰影(光と影)を含む演奏へ進む。 最終的に「私が演奏する」という感覚が薄れ、楽曲・作品・楽器が主体となって動き、演奏者は“こちらとあちら”をつなぐ媒体(メディア)となります。 ここでは成功(社会的評価)は約束されないが、成長と変化は環境が整えば自然に起きる、という観点が提示されます。
この講義で立ち上がった問い
- ・「成長」をテクニックの上達として捉える限り、なぜ変化は止まりやすいのか
- ・可も不可もない段階で、人は何を守るために「閉じた演奏」になるのか
- ・承認欲求が過剰化すると、なぜ心身が分離し、演奏が苦痛になるのか
- ・「上手だね」「間違えないね」と言われる演奏が、一方通行になりやすいのはなぜか
- ・他者承認から自分基準へ戻る“きっかけ”は、努力ではなく何が決めるのか
- ・心身一如(身心一如)は、なぜ伝統芸能の稽古の前提条件になるのか
- ・中心からの表現が立ち上がると、観客の反応はなぜ「評価」から「共鳴」に変わるのか
- ・主体が「私」から作品へ移るとき、演奏者には何が起きているのか
内容の記録
Ⅰ.三つの段階:成長が止まる場所/変化が起きる場所
・(1)可も不可もない段階 (2)承認欲求の段階 (3)成長や変化がある段階
・あなたが「どこにいるか」で、演奏の主体と観客の反応が変わる
Ⅱ.(1)可も不可もない段階:閉じた演奏と“変化の不在”
・成長や変化がほとんど起きず、同じことを繰り返す
・抑圧的・厳しい場にいると、誰でも「無難優先」の閉じた演奏になり得る
Ⅲ.(2)承認欲求の段階:他者承認と競争原理
・「どうしたら認めてもらえるか」が中心になり、音楽が戦い・権威づけの道具になる
・根底には不安と恐怖があり、本人の自覚(意識)に上がっていないことが多い
Ⅳ.承認欲求が過剰になると起きること:心身の分離と苦痛
・頭が体を支配し、心を塞ぎ、無理な訓練や我慢が増える
・吐き気・発狂しそう・楽しくないなど、身体側の破綻として現れることがある
Ⅴ.この段階の演奏:一方通行(評価される演奏)
・「上手」「間違えない」と言われても、観客の見方は良し悪し/数値化可能な情報に偏る
・演奏が“ぶつける”ものになり、双方向性が立ち上がりにくい
Ⅵ.(2)を超える課題:「本当にしたいことが分からない」
・欲求が他者承認に乗っ取られ、自分基準が失われる
・「本当にやりたかったことを思い出し、やってみる」と言われると固まる(空白が出る)
Ⅶ.超えるきっかけ:努力ではなく“環境”が決める
・師匠、仲間、楽器、楽曲、作品、心打たれる演奏など「広い意味での他者」との出会い
・次の段階は、本人の努力で押し上げるというより、必要な環境に身を置くことで生じる
Ⅷ.(3)成長や変化がある段階:幸福な演奏人生の骨格
・(3-1)本当の自分の欲求 (3-2)自分の中心につながる (3-3)自分を超える
・「成長しよう」と狙うほど失敗する。整った状態・安全な場で、必要なことが自ずと生じる
Ⅸ.(3-1)本当の自分の欲求:自分基準への回帰
・他者基準から、自分がやるべきこと/やりたいことへ戻る
・心理的ジャンプ(清水の舞台)を経て、「やりたいことをやる」が当たり前になる
Ⅹ.伝統芸能の前提:身心一如(しんしんいちにょ)
・心と体は一つ。身体のあり方は心を表し、心のあり方は身体に表現される
・他者承認が強いと心身が分離し、頭で体を支配しようとする
Ⅺ.(3-2)自分の中心につながる:中心から何かが伝わる
・欲求をやり切ると、次に「自分にしかできないこと」へ関心が移る(音色、表現、根)
・観客は音の正誤より「その人の奥底から何が来たか」を受け取り始め、反応が変わる
Ⅻ.陰と陽/光と影:影を含めて表現できるようになる
・承認欲求の段階は「陽・光」を出しがちだが、中心につながると影・闇・悲しみも自然に入る
・仮面が外れ、世界に対して開かれていく。演奏が双方向になる
ⅩⅢ.(3-3)自分を超える:主客の転回と作品が主体になる
・主体が「私」から作品(楽曲・作品・楽器)へ移り、「私がしている」感覚が薄れる
・演奏は多次元化し、感動を超え「見入る/呼吸を忘れる/言葉にならない」反応が起きる
ⅩⅣ.伝統芸能の定義:こちらとあちらをつなぐ媒体者
・芸能者は“こちら側”と“あちら側”の媒体(メディア)として作品を通過させる
・古曲や語りが受け継がれたのは「作品そのものが語りかけてくる」から
ⅩⅤ.どうしたら行けるのか:努力ではなく出会いと安全
・到達領域は努力より環境が決める(師匠・仲間・道具・楽器・楽曲・作品)
・成長や変化は“目指すもの”ではなく、良い状態を整えた結果として生じる
ⅩⅥ.結語:成功は約束されないが、成長は約束される
・大成功(社会的成功)は一握りだが、成長と変化は誰にでも起こり得る
・ただしそれは、承認欲求を超え得る環境と、稽古の継続が前提になる
※用語整理:本ページの三段階は、(1)変化が起きにくい「閉じた演奏」(2)他者承認に基づく「競争・権威づけ」(3)心身一如を前提に自分基準へ戻り、中心から表現が生じ、作品が主体へ移る段階、という整理です。 いずれも価値判断ではなく、演奏がどこで「一方通行」になり、どこで「対話」へ転じるかを明確にするための区分です。
初公開:2023-02-24 / 最終更新:2026-02-02