「深い基礎」を身につけるとどうなるか|上級編 三味線の学び方(2)

「基礎を身につけましたか?」と問うと、未熟な人ほど「はい」と答え、熟達者ほど「分からない」「学び続けている」と答えます。 その差は、基礎を“テクニックや動作の習得”と捉えるか、判断や解釈を介さず内側に生じたものをそのまま音楽として通過させる“通路”を身体に作るか、という違いにあります。 深い基礎は、予定通りに上手く弾くための手段ではなく、演奏が対話になり、結果さえ自分で確定しない領域へ入るための土台です。 そして最終的には、演奏だけでなく、演奏者自身の感じ方・考え方・人との関わりまでが変化していく——その構造を言語化して整理します。

講座紹介(概要)

本動画は「三味線の学び方」上級編として、音楽における「基礎/基本」を再定義します。 世間で基礎とされがちな“ほどほどのテクニックと手本への適合”は、ここでは「浅い基礎」に留まると位置づけられます。 対して「深い基礎」とは、思考や評価を挟まず、自分の内側に生じた感覚・イメージ・衝動を、そのまま音楽として対象化できる状態を指します。 そのために必要なのは、思考と感覚(感情)を分けて捉える訓練、非日常的な身体運用(社会の“殻”の外へ出入りする力)、そして口伝的な学び(身体を通じて直接師匠を写し込む)です。 単に上手な演奏が予定調和で終わるのに対し、深い基礎が立ち上がると演奏は内面とのダイアログとなり、結果は固定されず、本人が変換されていきます。 「基礎を身につけましたか?」に即答できなくなること自体が、深い学びの兆候だという視点を提示します。

この講義で立ち上がった問い

内容の記録

Ⅰ.「基礎を身につけましたか?」という問いの逆説

・未熟な人ほど「はい」と答え、熟達者ほど「分からない/言い切れない」と答える

・基礎を“動作・手本への適合”と捉えるほど、答えを割り切りやすい

Ⅱ.浅い基礎と深い基礎

・浅い基礎:ほどほどのテクニック、基準や手本に合わせられる、予定通りに再現できる

・深い基礎:内側に生じたものを、そのまま音楽で対象化できる「通路(媒介者能力)」を作る

Ⅲ.学ぶとは何なのか

・本質的な学びは「あなたがこうなります」を事前に提示できない

・通い、取り組み続けた後に「こんな風に変わるとは思わなかった」と振り返る性質をもつ

Ⅳ.深い基礎=音楽で考える/音楽を通過させる

・基礎をテクニック(動作)へ矮小化すると、音楽そのものを運べない

・自分の中に湧き上がる何かを、そのまま音楽として対象化する回路を作るのが基礎

Ⅴ.最初の大きな壁:判断解釈なくそのまま表出・表現する

・必要なのは「思考と感覚/思考と感情を分ける」訓練

・身体内感覚を捉えると、エモーション(外へ向かう動き)が自然に立ち上がる

Ⅵ.「自分の殻」:非日常的身体運用と社会の内外

・常識的な身体運用は、躾や社会規範として深く埋め込まれている

・芸は、その殻の外側と内側を往復できる可動域を要求する

Ⅶ.どうしたら身につけられるのか:口伝的学びとミラーニューロン

・「体に覚え込ませる」だけではなく、身体を通じて師匠を写し込む

・見て聴いて真似る中で、だんだん近づいていく(伝統的な学びの構造)

Ⅷ.「単に上手」と「達人」の違い:演奏はダイアログ

・単に上手:演奏内容が事前に予定され、予定通りに終えて安堵する(予定調和)

・達人:自分が何をするか分からないまま入り、状況と内面に応じて動いていく(対話)

Ⅸ.深い基礎の帰結:芸術は自分を変換する

・深い演奏が可能になると、変えようとしなくても本人が変わる

・元に戻れなくなるほどの変容を引き受けることが、芸の核心に触れる条件になる

Ⅹ.結語:答えを割り切らないまま問いと歩む

・熟達者が割り切らないのは曖昧さではなく、通路を保つための態度である

・「深い基礎」は、継続を止めると落ちる領域であり、しつこく続ける必要がある

※用語整理:本ページの「浅い基礎」は“手本への適合/動作の習得”を指し、「深い基礎」は“内側に生じたものを判断解釈を介さず音楽として対象化できる通路(媒介者能力)”を指します。 いずれも価値判断ではなく、到達領域の違いを明確にするための整理です。

初公開:2024-12-30 / 最終更新:2026-01-25