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身体が反応する演奏──即興と共振のプロセスについて

演奏とは、音を操作する行為ではなく、「自己と他者のあいだに生成される場」へ身を委ねることでもある。身体の奥にある感覚を呼び覚まし、解釈や意図を手放し、現前する瞬間そのものへ音と声を委ねる。奏者と聴衆は対立する主体ではなく、共振するひとつの身体として立ち上がり、深層へ接続したとき、その兆しが涙や喜び、ある種の恐怖感、困惑などの身体反応として表層に現れる。演奏とは出来事であり、意識を越えて生起する〈なにか〉への通路である──その可能性を探る試みとして、この体験を共有しています。

この稽古で立ち上がった問い

内容の記録

Ⅰ.作品が生まれる時

・演奏は個人の表現ではなく、奏者と聴衆の共振から〈場〉として生成される出来事である。

・身体の深層に接続し、意図を手放すことで無意識から音が立ち上がり、その瞬間固有の即興が形成される。

Ⅱ.個人のテーマ設定

・昨年の演奏を振り返る

・最近影響を受けた演奏・曲・芸術作品を共有

・指導者の視点から課題を提案

・今年の個人テーマを設定

※個人や具体的状況に関わる記述は公開していません。稽古の学びを抽象化し、問いとして共有しています。

※合同稽古とは、演奏ジャンル(長唄・端唄・小唄・地唄・民謡・津軽三味線・語り物 など)を問わず、さまざまな演奏者が集う場です。そこで扱われるのは、技術や肩書き、形式の優劣ではなく、音楽・芸術・伝統芸能に共通する根源的な問いです。理論の継承と実践を往復しながら、その問いを参加者どうしで探求していく場として開かれています。

初公開:2025-02-15 / 最終更新:2026-01-08