三味線を「選び直す」べきか迷ったとき──買い替えではなく「自分の音を取り戻す」ための3つの視点(時代/自分/求められる演奏)

「もっと自分にフィットする楽器がある気がする」「音色が時代に合っていない気がする」「観客の反応が悪くなっているが理由が分からない」── 三味線を“選び直したい”という相談は増えています。 しかしそれは、単なる買い替えや上位機種への更新ではありません。 本回では、後悔しないために必ず押さえるべき3つの視点(①時代の変化 ②自分の変化 ③演奏に求められることの変化)を軸に、 「なぜ違和感が生まれるのか」「何を基準に判断すればよいのか」を整理し、楽器との接点を結び直すための思考フレームを提示します。

この回で共有した問い

内容概要

三味線を「選び直したい」「買い替えるべきか迷う」という相談が増えている背景を、単なる道具更新ではなく “自分の音を取り戻す行為”として捉え直し、後悔しないための3つのポイントを提示する。 (1)時代の変化:昭和は社会が熱量と迫力を求め、力強く分かりやすい音が評価され、楽器も大型化・硬質化しやすかった。 平成は録音・マイク・スピーカーが前提となり、ノイズの少ないクリアさや正確さ、競技化・スポーツ的な刺激が価値を持ち、 さらに工業製品化・人工素材など作り方の変化も進んだ結果、「これは本当に三味線の音か」と感じる人が増えた。 令和はいま、完璧さよりも“生きた音”“個性”など人間にしか出せない音色へ回帰しつつある。 (2)自分の変化:身体のバランスや筋力、姿勢、感受性や価値観は年々変わり、以前は心地よかった音に違和感が出るのは 成長の証でもある。その変化に合わせて楽器との出会い直しが必要になる場合がある。 (3)求められる演奏の変化:演奏会や場が減り、ジャンル内だけで通用する演奏では活動を広げにくい。 一般の聴き手からの多様な要望にどこまで応えられるかが問われる。 さらに令和の観客は肩書きより作品・演奏そのものを見ており、誰にでもできそうな演奏は飽きられやすい。 最後に「演奏は嘘をつかない」と結び、時代に寄り添い、自分の変化に正直であり、求められる演奏に応答できる楽器との接点が 見つかれば進むべき道が見えてくる、と示す。

まとめ

「選び直し」は、物を更新する行為ではなく、自己と世界の関係を更新する行為である。 時代が変わり、自分が変わり、聴き手の感受性が変わるなら、同じ道具・同じ価値基準のままでは必ずどこかでズレが生じる。 そのズレは失敗ではなく、誤魔化しを終わらせるサインだ。 演奏は、技術よりも先に“誠実さ”を露呈させる──だから「演奏は嘘をつかない」。 違和感を否定せず、時代と身体に照らして道具との接点を結び直すことが、表現を生かし続ける現実的な道筋になる。

内容の記録

0.導入:選び直し相談が増えている(違和感の言語化)

・「もっと自分にフィットする楽器がある」「音色が時代に合っていない気がする」「観客の反応が悪いが理由が分からない」などの声が増加

・選び直し=新しい楽器を買うことではなく、感性や時代に合わせて「自分の音を取り戻す」行為

・満足のいく演奏人生を送る人ほど、縁のあった楽器と共に成熟しつつ、定期的に選び直し・新しい出会いを持っている

1.(1)時代の変化:昭和→平成→令和で求められる音色は変わる

・普遍的価値はあるが、時代と共に変化する価値・求められる音も確かに存在する

・昭和:社会が熱量と迫力を求め、力強さ/硬質さ/針のある音、大味で分かりやすい音が高評価。結果として楽器が大型化・硬質化しやすい

・平成:録音・マイク・スピーカーが前提になり、ノイズの少ないクリアさ、正確さ、刺激・競技化(スポーツ的な音)が価値に

・同時期に工業製品化・大量生産・人工素材などの変化も進み、「これは本当に三味線の音か」と感じる人が増える

・令和:完璧さより“生きた音”“個性”“人間にしかできない演奏”へ。三味線にしか出せない日本古来の美意識への回帰が進む

・問いかけ:あなたの楽器には三味線にしか出せない美意識が宿っているか/今の時代に寄り添っているか

2.(2)自分の変化:身体・感受性・価値観は年々変わる

・体のバランス、筋力、姿勢、感受性、価値観は少しずつ確実に変化する

・「以前は自然に出せた音が出しづらい」「以前は心地よかった音色に違和感」──それは悪いことではなく成長の証

・自分が変われば音色も変わる。表現したい音楽が変わったとき、その変化に合わせて新しい楽器に出会い直す必要が生じる

3.(3)演奏に求められることの変化:場・聴き手・要請の多様化

・昭和〜平成前期:人口も場も多く、演奏会も盛んで、仲間や機会に恵まれていた

・令和:演奏会を開くこと自体が難しくなり、聴き手も減り、活動の場が限られる

・ジャンル内だけで通用する演奏では広がりにくい。一般の聴き手に向けると要求は多様(津軽/端唄/落語の出囃子/民謡/弾き歌い/流行曲 等)

・細棹・中棹・太棹の違いを状況に応じて引き分けられるか/「三味線そのもの」が問われる時代

4.解説:令和の観客の鑑賞力(肩書きから音そのものへ)

・昔は肩書き・流派・ハロー効果で「偉い人だから良い演奏だろう」と見られやすかったが、その見方は減っている

・いまは作品・演奏そのものがどれだけ素晴らしいかに注目され、良い演奏が聴きたいという純粋な要求が強い

・「誰にでもできそうな演奏」は見飽きられる。演奏機会も音楽体験も増え、比較対象が無限にある時代だからこそ厳しい

・観客は明確に言語化できなくても「言われた通りにやっている」「自分の音になっていない」をなんとなく感じ取る

5.結び:まとめ「演奏は嘘をつかない」

・時代の変化に寄り添い、自分の変化に正直であり、求められる演奏に応えられる楽器との接点が見つかれば、進むべき道が見える

・ごまかしがあれば観客が感じ取るだけでなく、自分自身もつまらなくなり稽古から離れる原因になる

・心の底から挑戦したいことを見つけ、演奏として具体化する。その過程で必要なら新しい出会いを恐れず進む

・その先に「あなたらしい音」「あなたにしか歩めない演奏人生」がある

よくある質問(通説と実態)

今の三味線に違和感がありますが、気のせいでしょうか?

単なる気のせいとは限りません。 時代の変化、身体や感受性の変化、演奏に求められる役割の変化が重なることで、 以前は自然だった音色や弾き心地に違和感を覚えることは、むしろ自然に起こります。

多くの場合、この違和感は「楽器が悪い」「自分の腕が落ちた」といった 単純な原因ではなく、複数の要因が少しずつズレてきた結果として現れます。 そのため、違和感を無理に打ち消そうとするほど、原因が分かりにくくなることもあります。

重要なのは、すぐに買い替えるかどうかを決めることではありません。 一度ほかの楽器や音色に触れてみたり、演奏環境や求められている役割を見直したりすることで、 「何がズレ始めているのか」を具体的に感じ取れる場合があります。 それによって、今の楽器を続けるという判断が、より確かなものになることも少なくありません。

まだ上達途中なのに、楽器を選び直すのは早すぎませんか?

早い・遅いという時間軸の問題ではありません。 技術不足による違和感なのか、楽器と身体・感性との適合がズレ始めているのかは、 外からはもちろん、本人にとっても区別がつきにくいものです。

芸事では、入口で生じた小さなズレが、その後の積み重ねに大きく影響します。 もし楽器との適合がズレた状態で稽古を重ねていると、 熱心に練習していること自体が、かえって遠回りになる場合もあります。 それは努力が足りないからではなく、前提条件が合っていないだけのことも多いのです。

楽器を選び直すことは、上達を急ぐ行為ではなく、 「今の自分に合った入口に立ち直す」ための確認作業とも言えます。 すぐに結論を出す必要はありませんが、 違和感を一度立ち止まって整理すること自体に、十分な意味があります。

この動画は、三味線の買い替えを勧めているのでしょうか?

いいえ。 この動画は「買い替えるべき」「買い替えないべき」と結論を出すものではありません。 今の楽器を続けるか、選び直すかを判断するための視点を整理することを目的としています。

観客の反応が以前より薄くなったのは、自分の腕が落ちたからですか?

必ずしもそうとは言えません。 令和の今、観客の鑑賞力や期待値は大きく変化しており、 肩書きや流派、経歴よりも「音そのもの」「その人にしか出せない演奏」が 以前よりもはっきりと聴き分けられるようになっています。

その結果、技術的に間違っていない演奏や、きちんと訓練された音であっても、 「誰が弾いても同じに聞こえる」「既にどこかで聴いたことがある」 と感じられると、反応が薄くなることがあります。 これは演奏の質が下がったというより、評価の基準が変わった結果です。

この段階で重要になるのが、 「自分に合った音色とは何か」「自分が深く共鳴している音は何か」 という視点を持っているかどうかです。 その軸がないまま演奏すると、無意識のうちに“平均的で安全な音”に寄り、 結果として多くの人と同じ場所に立つことになります。

観客の反応の変化は、衰えのサインではなく、 演奏が次の段階に進むための問いが突きつけられている状態とも言えます。

やはりスペックや価格で楽器を選ばないと失敗しませんか?

スペックや価格は、判断材料の一つではありますが、 それだけで違和感の正体を解決してくれるとは限りません。 三味線業界で「スペック=正解」という通説が強く定着したのは、 おおよそ昭和後期、量産化や規格化が進んだ時代背景と重なります。

当時は、分かりやすく比較できる基準が求められ、 棹の太さや材質、価格帯といった数値化しやすい要素が、 良し悪しを判断する近道として機能していました。 しかしその前提が作られてから、すでに半世紀以上が経っています。

現在は、演奏環境や聴き手の鑑賞力が大きく変化し、 スペックが揃っていても「なぜか届かない」「しっくりこない」 という現象が起きやすくなっています。 これはスペックが間違っているというより、 それだけでは判断しきれない領域が広がっているためです。

このページでは、スペックの是非を否定するのではなく、 その前に確認しておきたい、 自分の身体や感性がどの音に反応しているのか、 どのような演奏を目指しているのかという、 音楽の本質的な視点を整理しています。

他の人と比べて、自分は遅れているのでしょうか?

進み具合を年数や曲数、技術レベルだけで比べることは、あまり意味を持ちません。 活動が広がっている人や、自分にとって素晴らしい芸事へとつながっている人を見ていくと、 多くの場合、どこかの段階で三味線を「選び直す」経験をしています。

それは必ずしも買い替えを意味するわけではなく、 楽器との関係性や音色への向き合い方を見直すことを含みます。 この選び直しによって、演奏の可能性が広がり、 自分にとって本当に大切な表現や、人・場とのつながりが生まれていくことがあります。

一方で、周囲と比べて「遅れている」と感じる時期があっても、 それ自体が停滞を意味するわけではありません。 自分の内側で問いが深まっている段階では、 表から見える変化が少ないことも珍しくありません。

他人の進度を基準にするよりも、 今の自分がどこに違和感を覚え、何に引っかかっているのかを丁寧に見つめることが、 結果として一番確かな前進につながります。

初公開:2025-11-22 / 最終更新:2026-02-06