合同稽古──無意識・身体から演奏を捉え直す

合同稽古は、わかりやすく演奏技術の向上を目的とするものではなく、 身体・無意識・人生・表現を一つの連続したプロセスとして捉え直す実践の場です。
私たちはまず、感覚や反射、神経系へのアプローチを通して「思った通りに身体が動く状態」を整えます。
そのうえで、演奏という行為の中で無意識が露呈し、そこに在ること自体が自然に表現として立ち上がる状態を探っていきます。

概要

本合同稽古は、単なる上達の場ではなく、身体・無意識・人生・表現を一体として捉え直す実践である。
まず、感覚入力・反射・神経系へのアプローチによって、思考の指令に対し身体が過剰な防衛や緊張で逸れない状態を整える。
そこから、無意識が露呈する演奏を通じて「その人がそこに在ること」そのものが表現となる段階へ進む。
さらに、人生の経験や未完了の感情を素材として引き受け、作品として立ち上げていく過程を重視する。
本稽古は、各人が慣れ親しんだ「環世界」の外に一度出る非日常体験を含み、意図や計算を超えて音や動作が立ち上がる経験を通して、 自分を超えた何かとつながる可能性を探究する。
最終的に目指すのは、技術の上積みではなく、人生そのものが表現として統合されていく地点である。

考察

生成AIによって正解や説明が無限に生成される時代において、人間に残されるのは「意味づけ」「選択」「引き受け」「生の方向性」である。
本合同稽古は、無意識を操作や説明の対象とせず、演奏や行為を通してそれが露呈する場をつくる点に本質がある。
「環世界の外に出る」とは、理解を増やすためではなく、理解だけでは生きられない地点に立つための訓練である。
ここで行われる稽古は、作品創造であると同時に、超知性時代における人間の成熟そのものを問い直す実践でもある。
そして重要なのは、強い体験を追い求めないこと、意味づけを急がないこと、わからないを保持することである。

本稽古で共有している主な観点

Ⅰ.合同稽古の意義

・今の自分の知覚・感覚が全てではない(環世界)

・本稽古は、その外側を体験するために行う

・自分の能力を最大限発揮できる身体を取り戻す

・自分にしかできない表現が立ち上がる条件を探る

・人生そのものを作品の素材として引き受ける

・意図や計算を超えたものとつながる体験を持つ

Ⅱ.身体と無意識の理解

・無意識:脳・神経学的/神経と筋肉/感情・情動/反射・癖の解除

・無意識を心理学的でもスピリチュアルでもなく、身体現象として扱う

・身心一如:心と身体は一つ(身体は誤魔化せない/相互にアプローチ可能)

・合同稽古では「心→身体」「身体→心」両方向から作用させる

Ⅲ.無意識の自己調整(社会適応と防衛)

・社会は、真っ当に振る舞うように要請する

・多くの人は社会適応の過程で、姿勢や動作の自由度を制限し「普通」を演じる

・その過程で、人は無意識のうちに身体を防御的に調整して適応する

(例:姿勢/筋緊張/呼吸/動作/振る舞い/感覚/心的傾向)

・合同稽古のような場では、前頭前野活動が弱まり、身体主導の自己調整が起きやすくなる

Ⅳ.稽古の基本姿勢(やり方)

・日常を最も大切にする

・起こさせようと努力しない

・身体を先行させる

・意味不明を楽しむ

Ⅴ.稽古内容(講義・復習・ワーク)

・ちょっと講義:「合同稽古の意義」「脳の構造」

・復習:震え/くらげ/反射

・稽古① 映画「音楽」の体現:自分の内臓感覚と声を繋げる

Ⅵ.嗜み(わからないの保持)

・今の自分には何が得られるのかわからない、を許す

・判断を留保する(今の自分にはわからないから)

・「自分にはこんなことができるとは思いもしなかった」

・「自分がこんなことを考えるとは思いもしなかった」

・ただ通うだけ(わからないけど続ける)→ 稽古の本質

Ⅶ.声への接続原則

・基本:「感じたこと」→「声に繋げる」

・基本:「内臓感覚」→「声に繋げる」

・補助:「抑制されていること」→「声に繋げる」

※注意:「強い感情の発露」である必要はない

※個人や具体的状況に関わる記述は公開していません。 稽古の学びを抽象化し、問いとして共有しています。

※合同稽古は、信頼関係を前提とした少人数の実践の場です。 内容の詳細やワークの手順は、場の中でのみ共有されます。

初公開:2026-02-19 / 最終更新:2026-02-19