解説:「基礎からやり直したい」と感じる人へ──本当に見直すべき5つのチェックポイント

三味線を10年、20年と習い、発表会にも出て、多くの曲を学んできた。 それでも「何か一曲弾いてください」と言われると、 楽譜がなければ何も弾けないという人は少なくありません。
これは単純に記憶力や才能、練習量の問題なのでしょうか。 長年、多くの学び直しに立ち会ってきた経験から見ると、 問題はむしろ教わり方の構造にあることが多くあります。
基礎が身体に入る前に次々と曲へ進み、楽譜を見て合奏し、発表会をこなす。 その結果、曲数は増えても、自分の身体から音楽が立ち上がらない状態が生まれます。
本回では、組織や人間関係、基礎技術、楽器の扱い、自分に合った三味線、 そして本当に何をしたかったのかという5つの観点から、 学び直しの本質を整理します。

この回で共有した問い

内容概要

本回では、三味線を長年習っていても、楽譜がなければ一曲を通して弾けない人が多い理由を、 本人の能力ではなく学び方の構造から考える。 基礎技術や身体の使い方、音を聴く耳が十分に育たないまま、 楽譜を見て次々と曲を覚え、合奏や発表会をこなしていく。 すると曲数は増えても、音楽そのものは身体に入らず、楽譜への依存が残る。 さらに、自分の楽器の特徴やツボ、音色、扱い方を理解していないことや、 自分に合った楽器を使っていないことも大きな要因になる。 学び直しでは、単に基礎へ戻るのではなく、 組織や人間関係、技術、楽器、身体、そして 「自分は三味線で何をしたかったのか」を一度見直すことが重要である。 そこから初めて、漠然とした不安ではなく、自分自身の明確な課題に向き合えるようになり、 自分の演奏が育ち始める。

まとめ

学ぶとは、情報や曲数を増やすことではなく、 自分の身体や感覚そのものが変わっていくことなのかもしれない。 楽譜を見れば弾けるという状態は、知識を所有していても、 まだ音楽そのものを自分の経験として生きていないとも言える。 楽譜や先生という外部の支えを離れたとき、何が自分の内側から立ち上がるのか。 学び直しとは過去を否定することではなく、 借り物だった音楽を、自分自身の身体と経験へ取り戻していく過程である。

内容の記録

0.導入:長年習っても楽譜がないと弾けない

・楽譜を見れば弾けるが、タイトルを見ても曲の流れが思い出せない人は多い

・10年、20年と稽古を続け、発表会にも出ていても、一曲弾いてと言われると楽譜がなければ弾けないことがある

・これは頭で考えて弾いており、音楽が身体に十分入っていない状態と考えられる

1.ソロ演奏ができないのはなぜか

・長く習っていても、一人で演奏した経験そのものがほとんどない人がいる

・「先生クラスにならないとソロがない」といった環境では、自分一人で演奏する能力が育ちにくい

・その結果、「何か演奏してください」と言われること自体が怖くなる

2.問題は能力不足ではなく、教わり方の構造にある

・楽譜なしで弾けないことを、記憶力、努力不足、才能の問題だけで説明するのは適切ではない

・多くの場合、問題はどのような順序で、何を身につけてきたかという学び方の構造にある

3.基礎が身につかないまま曲だけ進む

・基礎動作や音の出し方が安定する前に、次々と新しい曲へ進んでしまうことがある

・楽譜だけが増え、合奏で何となく弾ければ「習得した」ことになりやすい

・発表会、資格、教室内の役割などが増える一方で、一人の演奏者としての基礎が育っていない場合がある

4.教室や組織を維持することと、演奏を育てることは同じではない

・所属を続け、行事や人間関係を維持することと、個人の演奏能力を育てることは別の問題である

・本当の基礎を身体に入れるには、時間と労力が必要になる

5.学び直しでは、まず「どこで止まっているか」を見る

・技術なのか、楽器なのか、身体なのか、学ぶ環境なのかを見極める

・あるいは、本来自分がやりたいことに向かえていないことが原因の場合もある

・漠然と「基礎をやり直す」だけでは、本当の課題に届かない

6.チェック1:演奏より組織や人間関係を優先していないか

・所属組織との関係や人間関係に多くの力を使い、演奏そのものに向かえなくなっている場合がある

・三味線を始めた本来の目的が、いつの間にか組織を維持することへ置き換わることがある

・技術以前に、自分が本当に演奏に向き合える環境にいるかを確認する必要がある

7.チェック2:本当に基礎技術・基礎知識を教わったか

・体を痛めずに弾けるか

・楽譜がなくてもある程度演奏できるか

・目を閉じても演奏できるか

・一人で人に聴いてもらえる演奏ができるか

・こうした点を見ることで、基礎が知識としてではなく身体に入っているかを確認できる

8.「考えて弾く」と演奏がもたつく

・次のツボや数字を頭で検索しながら弾くと、一瞬の迷いが演奏に現れる

・その迷いは、音の遅れ、自信のなさ、演奏の切れの不足につながる

・視覚情報に頼りすぎることで、自分の出している音を十分聴けなくなる場合もある

9.音を聴く力と、余韻を聴く耳

・ツボが合っているかは、単に指の位置を見るだけでは判断できない

・音の立ち上がりだけではなく、その後に伸びていく余韻や共鳴を聴く必要がある

・「正しい位置を押さえる」のではなく、「正しい音を聴き分ける」耳を育てることが重要になる

10.基礎が身についているかを判断する

・楽譜なしで演奏できること、目を閉じてもある程度弾けること、音を聴いてツボを判断できることなどが一つの目安になる

・ここで大きく引っかかる場合、基礎を習ったというより、基礎が身体に入る前に曲だけ進んできた可能性がある

11.チェック3:楽器の扱いを正しく教わったか

・自分が使っている三味線がどのような楽器なのか説明できない人は少なくない

・ツボの位置、構え、触り、糸巻きなど、基本的な楽器の扱いを十分教わっていない場合がある

12.ツボは「決まった場所」ではない

・三味線によって棹や弦長などの条件が異なるため、ツボを単純に「この場所」と固定することはできない

・印や指何本分といった視覚的・身体的な目安だけに頼ると、本当の音から離れる場合がある

・最終的には自分の耳で音と余韻を確認する必要がある

13.構え・触り・糸巻きも演奏技術の一部である

・楽器を安定して構えられなければ、身体に余計な力が入り、演奏も安定しない

・触りや糸巻きなどの基本的な扱いも、音色や演奏性に直接関係する

・技術練習以前に、楽器を正常な状態で扱えることが必要になる

14.チェック4:自分に合った三味線を使っているか

・自分の三味線の音色が好きか、自信を持って答えられない人は少なくない

・先生や所属組織の都合で選ばれた楽器を、そのまま長期間使っている場合もある

・体格、構え、撥との相性、求める音色、やりたい音楽などを含め、自分との相性を見る必要がある

15.うまく弾けない原因は、技術だけとは限らない

・演奏がうまくいかないと、自分の技術不足だけを疑いがちである

・実際には楽器そのものが身体や求める音楽に合っていないこともある

・自分がその楽器をこれからも弾き続けたいと思えるかを確認することも重要である

16.チェック5:本当にやりたいことをやっているか

・三味線を始めた時には、弾きたい曲、好きな音、憧れた演奏など何らかの思いがあったはずである

・まず自分が本当に実現したいことを決めることで、初めて必要な基礎が具体的に見えてくる

17.目的のない基礎は続きにくい

・何をしたいのか分からないまま、基礎練習だけを続けるのは難しい

・まず実現したい演奏へ向かい、そこで壁にぶつかることで、本当に不足している基礎が分かる

・基礎は目的ではなく、自分のやりたいことを実現するための土台である

18.三味線を始めた頃の気持ちに戻る

・やりたいことが分からなくなった場合は、三味線を始めた頃に立ち戻る

・一度でも弾きたいと思った曲、好きだった音色、憧れた演奏などに手がかりがある

・それを信頼できる指導者と共有することで、新しい方向が見えてくることがある

19.一つ実現すると、次の課題が立ち上がる

・本当にやりたかったことを一つ実現すると、その先に新しい欲求や課題が生まれる

・すると「基礎をやり直したい」という漠然とした悩みではなく、次に何を学ぶべきかが具体的になる

20.学び直しには決意が必要になる

・これまでの学び方、人間関係、楽器、基礎、自分自身の思いを見直すには大きなエネルギーが必要になる

・それでも環境を変え、本当にやりたいことへ向かう決意が、学び直しの出発点になる

21.基礎の次に「自分の音色」という課題が現れる

・基礎技術や基礎知識を整えていくと、次に自分が本当に求めている音色が分からないという問題が現れる

・それは、自分に合った楽器や自分自身の演奏の方向性を探す段階でもある

22.本当の課題が見えてくる

・基礎が整った後には、どんな音を出したいのか、どんな演奏をしたいのか、何を人に届けたいのかという課題が現れる

・以前の「何が悪いのか分からない」という不安とは異なり、明確な課題に向かって歩めるようになる

23.学び直しは後戻りではない

・学び直しとは、以前習ったことを単純にやり直すことではない

・自分の身体、耳、楽器、目的をもう一度つなぎ直し、自分自身の演奏を始めるための過程である

・それは「最初に戻る」のではなく、自分にしかできない歩みがようやく始まることである

補足1:この話は「楽譜を使ってはいけない」という意味ではありません

1.問題は楽譜ではなく、依存の構造にある

楽譜は、曲を記録したり、新しい曲を学んだり、複数人で共通認識を持ったりするための 有効な道具です。 問題なのは、楽譜を見ることそのものではなく、 楽譜がなければ音楽そのものを思い出せない状態になっていることです。

本来は、耳で音を聴き、身体で動きを覚え、曲の流れを感じ、 その補助として楽譜を使うことができます。 ところが視覚情報だけに依存すると、楽譜上の数字や位置を追うことが演奏の中心になり、 音を聴くことが後回しになります。

2.結論

大切なのは楽譜を捨てることではなく、 楽譜がなくても音楽が自分の中に残っている状態を育てることです。 楽譜は演奏を支える道具であり、演奏そのものではありません。

補足2:音楽が「身体に入る」とは、単なる暗譜ではありません

楽譜を見ずに最後まで弾ければ、それだけで音楽が身体に入ったとは限りません。 順番を頭で記憶して再生しているだけであれば、 演奏中には常に「次はどこだろう」という検索が必要になります。

身体に入った演奏では、構え、撥の動き、左手の移動、音の流れ、 呼吸、拍、音色の変化などが互いにつながっています。 そのため、一つ一つの数字や位置を意識的に検索しなくても、 音を聴きながら次の動きが生じるようになります。

結論

暗譜とは「楽譜を記憶すること」ですが、 身体化とは音楽の構造そのものが身体・耳・感覚につながることです。 両者は似ているようで、本質的には異なります。

補足3:学び直しは「今までが無駄だった」という意味ではありません

長年続けてきた人ほど、基礎を見直すことには心理的な抵抗があります。 これまで費やした時間や努力を否定するように感じることもあるからです。

しかし学び直しとは、過去を捨てることではありません。 これまで習った曲や経験を残したまま、 身体の使い方、耳、楽器、基礎知識、自分の目的をつなぎ直す作業です。

結論

学び直しとは過去へ戻ることではなく、 これまで蓄積してきたものを、自分自身の演奏として再構成することです。 その意味では、後戻りではなく次の段階への移行と考えることができます。

初公開:2026-08-14 / 最終更新:2026-08-27