修復した100年前の三味線
「民藝の暖かみのある人間性と、その原始的な純粋性に、
今日の人々ははななだしい共感を覚えると共に、過去に対する条件まで感じさせる」
柳 宗理
私は嫉妬してしまいました。
あるとき私は偶然、戦前の二本の三味線と出会いました。
この三味線は旅館の先祖が使っていた物らしく、
捨てることができないため譲っていただいた三味線です。
一つは昭和初期の紅木の細棹三味線。
一つは大正時代の紫檀の太棹(都都逸と思われます)三味線。
芸能披露の場に使用されていたことでしょう。
100年前の三味線なのに、いまだ丈夫でしっかりとしているのです。存在感が違います。
私は時間をかけこの三味線を丁寧に再生させていただきました。
その中で感じたことは、100年前に活躍していた職人さんの丁寧な三味線造り。
おそらく三味線を造ることに誇りを感じていたことでしょう。
今ではほとんどない完全手作りです。
100年前なのにほとんど勘減りがありません。良い木材の質なのでしょう。
大切に三味線を使っていたのでしょう。
そして化学塗料で光沢を与えていない三味線には木材本来の暖かみを感じます。
そしてなりより感激したことは、
三味線の中に「粋な」遊びの部分を秘めていることでした。
ほとんど見えない部分に少しだけ遊びを入れて、彼が生きた証を残しているのです。
大半の製造工程を効率化している現代の一般的な三味線では見たことがありません。
おそらく江戸時代に育って三味線職人をしていた方なのでしょう。
どんな生まれ育ちだったのでしょうか。
この三味線職人さんは、三味線造りに誇りや情熱を持っていたのでしょう。
そして、作製から100年経過したいまでも三味線として機能できるということに驚かされます。
「本当に豊かな生活というのはそういうものではないだろうか。
自分の体に合った道具で、自分の最高の技を発揮する。
作り手も使い手のそういう生活をしてきたのである。」
塩野米松 失われた手仕事の思想
良い三味線はしっかり修繕すれば、一生のパートナーとなります。
この三味線職人さんが残してくれた作品を通じて様々なことを学ばせてもらいました。
100年後の人から見ても誇れる仕事ができているのか、
これが私自身の大切なテーマであると教えてもらいました。
追伸
この三味線は三萃園の店舗で大切に保管しています。
ご興味がある方はご来店の際にご連絡ください。